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2010年8月

肥後栗のプティ ポと栗のフィナンシェ

プティ ポはココット状の小さな器のことです。フランスではレストランなどで出されるデザートのオードブルでこの表現を使います。今回は肥後栗を使った少し重めのクリーム状のプリンを紹介します。日本人がホッとするような温もりのある優しい栗の風味になっていると思います。
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素材の選び方が今回はとても大切でした。和栗はそのもの単独で食べると風味も豊かなのですが、なんらかと合わせると極端に香り質感とも曖昧なものになってしまいます。今回選択した物は、熊本の豊かな大地で育った栗(丹沢、銀寄、杉光)をベースにペースト状にした物です。しかしやはりこれだけですと平たい風味で膨らみにかけ物足りなさは否めませんでした。ですのでこれに風味が力強く和栗とは趣の違うイタリアカスターニャ栗のペーストを加えることを思いつき試してみることにしました。驚くことにほんの少し加えあることで香りと舌触りに力強さが生まれほんとうにおいしくなりました。ベースになる牛乳には、シナモンとマダガスカル産のヴァニラで香り付けをします。これによって全体に芯が通りシナモンがどこと無く日本的な香りをかもし出してくれるような気がします。


和栗のフィナンシェ
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可能な限り栗の素材でフィナンシェを創造してみたいと思いました。
栗粉、栗の蜂蜜、栗の渋皮煮考えられる限りのフィナンシェの枠を超えないギリギリのラインで!
砂糖も黒砂糖とメープルシュガーで野性味のある風味を!
胡桃のパウダーは、もちろんフランス グルノーブル!
バターは高千穂の発酵バター!
アーモンドはスペイン バレンシア!
バニラは、マダガスカル!

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肥後栗のマカロンと肥後栗のパウンドケーキ

発売前で写真もなくいつもどおりの文章だけのお知らせで恐縮ですが、少し早めに紹介します。写真は撮影次第アップしたいと思います。

例年この季節になると栗のお菓子を発売します。
今年は、リメークしたパウンドケーキとマカロンの2種をまず紹介します。

肥後栗のマカロンは、和三盆と和光抹茶のマカロンコックの2層になります。肥後栗のペーストとコンフィチュールから出来たクリームにヘーゼルナッツをローストしたものを食感のアクセントに加えます。そして最後にマロンコンフィを加えます。以前よりも栗の風味も強く食感も多様になったと思います。素材の核は、日本生まれの素材です。ヨーロッパのマロンに比べると風味は若干落ちますが、この穏やかさが好きです。子供の頃食べた茹でた栗の想い出や栗きんとんに近いような日本人が持つ感性に近いものが作りたかったのです。

僕らの仕事は、これで終わりなんてことは全然ありません。入る素材の気候による変化や環境による土地の変化により同じ所で採れた素材でもも自然から送られたものは、かなりの違いが生じます。また今までの僕の仕事の知識不足から生じた味、香り、食感の未完成の部分を補う技法や論理と時代変化から生まれるその時代に適したテクスチャーへの探究心から毎年若干の変化が加わります。あるお菓子は足し算しあるお菓子は引き算しこんな事を毎年考えながら新しい創造が生まれます。

肥後栗のパウンドケーキもその一環で作ったものです。
何回かこのブログの中で登場しましたので詳しい説明は省きますが、僕がとても好きなケークです。若いころ作っていたお菓子は、とげとげしくその当時の僕の心と同じだったように思います。自己主張が強く、お菓子が威張り腐っていたような気がします。少しずつですが、この仕事を重ねていくとその素材の押さえどころが分かってくるような気がしています。最近やっと自分の表現に無理が無いような気がしてきました。お菓子そのものが、僕の心の反映である事は、いくつになっても変わらない様な気がしています。ものづくり通して観える事も多少は分かるようになってきました。不思議なもので想像したものが現象として表れてくるようになります。繰り返し繰り返し同じことを飽きもせず毎日繰り返しながら地道な作業の連続の中からしか観えて来ないようなものが沢山有るような気がします。見た目の華やかさより目に見えない所に大事なものが隠れていると思います。

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高杉晋作

龍馬伝いよいよ奇兵隊創設者 高杉晋作が登場してきました。革命者の匂いがとても好きです。いろいろな状況があっての事でその時代に登場してきた人物だと思います。坂本龍馬、高杉晋作、平野國臣この三人は、その時代の異端児だと思います。特に幕末から明治維新において坂本、高杉、平野がいなかったら、維新の状況もかなり変わった形で迎える事になっていたと思います。またこの三人が明治維新後も生きていたら、現在の日本の状況も変わっていたかもしれません。特に高杉、坂本は、日本と欧米間の危機を感じ取っていたと思います。欧米四カ国との下関戦争敗戦後の講和も高杉がいなければ、日本は当時の清のように属国化していたかもしれません。そして坂本は倒幕後の日本の将来の方向性を見ていた唯一の日本人でしょう。

高杉の異端児ぶりや奇想天外な発想は、小説などでおなじみですが、僕は、あのやんちゃぶりが個人的に大好きです。辞世の句と言われる「おもしろき こともなきこの世に おもしろく」 「すみなすものは心なりけり」下の句は、親交の深かった野村望東尼が詠んだとされています。が高杉の生前の破天荒ぶりからは、優等生的な下の句は想像出来ません。きっともっと違った下の句になったと思います。

また高杉の弟子であった伊藤俊輔のちの博文は、日清戦争開戦前に高杉さんが生きていたらどう言うんだろうと当時の外務大臣陸奥宗光に話したとされています。それほど高杉に心酔していたと思われる逸話です。

龍馬伝もこれからますます楽しくなっていくと思います。後の陸援隊中岡慎太郎も登場し役者もほぼそろいました。龍馬が海援隊を作り人心を利他を通して繋ぎ、日本を動かし、後に薩長同盟、第二幕長戦争、船中八策、大政奉還の偉業へと続いていきます。

またお菓子と関係ない話に終始してしまいましたが、たまにはお付き合い下さい。

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